受け入れるべきか、受け入れないべきか(自分自身を)


この問いは一見とてもシンプルで、本来であれば深い考察や議論を必要としないように思えます。しかし実際には、そのバランスを見つけることは決して容易ではありません。少し説明させてください。
私たちは皆、自分の人生の中で満足していない部分を抱えています。人によっては、ある時期において、その不満があまりにも多くなり、無視できなくなることがあります。その重さは肩にのしかかり、私たちは前を向くよりも、どこか下を向いて生きてしまうようになります。不幸感、不満、時には抑うつさえ感じることもあるでしょう。「もし自分が違う人間だったら」と思ってしまうのです。
すると、振り子のように反対の極へと揺れ動きます。問題と向き合い、それを受け入れようとする方向へ進み始めるのです。自分自身を受け入れるために努力を重ね、やがてそれらの問題も「自分の一部」として捉えるようになります。そして「これが本当の自分だ」という認識が形づくられていきます—その中には問題も含まれています。
ここまでの流れ自体に誤りはありません。自分を愛することは大切であり、それは確かに良いことです。
しかし、ここに一つ大切な視点があります。私たちの抱えるすべての問題が、必ずしも「自分自身の本質」であるとは限らないということです。中には、過去の選択(必ずしも最良とは言えない選択)の結果として生じたものもあります。もし選択を変えることができれば、私たちは変わることができます。
変化するための力は、それらを「自分の一部」としてではなく、「向き合うべき課題」として認識できるかどうかに大きく依存しています。
ここでの重要なキーワードは「選択」です。私たちは日々、「どのような人間でありたいか」を選び続けています。数か月前、あるクライアントがこう話してくれました。「怒って自分を見失い、すべてを台無しにしてしまうような人間にはなりたくない」と。幸いにも、その人はそのような自分であり続ける必要はありませんでした。変わることができ、実際に変わったのです。
もちろん、ここで一つ区別しておく必要があります。どれほど望んだとしても、私たちは「自分以外の誰か」になることはできません。しかし、ここで言っているのは「自分を変えること」ではなく、「改善できる部分に取り組むこと」です。短気な性格、生活習慣、日々の行動や意思決定の在り方—これらは変えていくことが可能です。
したがって、問い自体は依然としてシンプルでありながら、その答えは容易ではありません。
自分を受け入れるべきか、それとも受け入れないべきか。
アドリアン・アルセ
Adrian Arce



Comments